ライトハウスは、急速に変わりゆく時代に福音の光を投ずる「心の灯台」です。

NEWS


バイブルアカデミーの皆様。2017年に向けて、年頭標語「国籍在天」をお知らせします。共に心を引き締めて、祈りつつ備えましょう。2017年は、日本の社会も、世界も、価値観が変動する年である。物質的な事、人間的な事、日々の出来事に目を奪われたなら、信仰の光が見えなくなってしまうような時代である。私たちは不変の真理に着目して生きねばならない。私たちは天国に属する者なのだから、王なる主から目を離さないで必死にすがりついて行こう。

◎礼拝メッセージ メインテーマ「イエスから目を離さないで」ここ数年、創世記、詩編、イザヤ書を学び、福音の土台である神のご計画を見て来た。今福音の前進のために祈ろうとするとき、新約信仰を教会形成を通して確立したパウロの手紙の中に、より明らかに「主と我」のあるべき関係が示されている。天国人としての生き方を徹底的に追求して行こう。


私のためにもお祈りください。
小田彰



ライトハウスの祈り

三つ折りのパンフレットです。

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ライトハウスの祈りA面(三つ折りパンフレット)
ライトハウスの祈りA面(三つ折りパンフレット)
ライトハウスの祈りB面(三つ折りパンフレット)
ライトハウスの祈りB面(三つ折りパンフレット)


唯一の希望

聖歌472「人生の海の嵐に」人生には嵐があり、自分の意思に反して翻弄されることがある。内なる不安と恐れのために絶望する時がある。しかし、イエスキリストに出会った人は、心に「平安」を得、試練の現況が変わらないにも拘わらず、感謝、希望、賛美が満ち溢れて来る。それこそがキリスト信仰に生きる人の幸せである。

 

[聖書]第2コリント4:16-18

聖書は神の言葉である。神が罪と死の絶望の中にある人類に、救いの道を示して下さった「ロードマップ」である。旧約聖書39巻は、来るべき救い主を示し、新約聖書27巻は来られたイエスキリストを示している。新約聖書の初めの四巻は福音書「キリスト言行録」五巻目は弟子達の言行録である。その後の22巻は手紙形式の弟子達の証言であり、半分以上を書いたのはパウロという人物である。彼はユダヤ教のエリートで、キリスト者を迫害したが、ある日そのキリストが彼の救い主(メシア)であることを知った。初めはサウロ(ひとかどの人物)であったが、改名してパウロ(いと小さき者)となった。彼は自分の生い立ちや学識を誇っていたが、一切が無であると知って、心にキリストを宿す事が真の知恵であることに気付いた。この第2コリントは彼が見えるいかなるものよりも、見えない信仰が圧倒的に価値あるものであることを論証している。

 

 

①ヤベツの祈り(歴代志4章9-10節/別刷り資料)を紹介します。生まれながらに幸せとはいえなかったが、神を崇め、頼り、祈ったために、豊かさと尊敬を勝ち取った幸せ者である。人間的世俗的価値を持っていなかったが、信仰の価値のゆえに、感謝と賛美の人生を見出だした人である。

 

②放蕩息子の譬(ルカ15章) 弟息子は見える豊かさと快楽を求めて父のもとを去り都会に旅したが、すべてを失い、人生までも失おうとする時、我に帰り、父の元へ恥も外分も捨てて立ち帰った。どん底に落ちて、父の愛を知った。物による幸せでなく、愛による幸せを見出だした。

「見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くのである」(第2コリント4:18)

 

③水野源三(まばたきの詩人1937-84小学校三年で脳膜炎、12歳宮尾牧師から聖書を得る。18歳より詩作)のこと…

「悲しみよ、悲しみよ、お前が来なかったら、強くならなかったら、私は今どうなったか、悲しみよ、悲しみよ、お前が私を、この世にはない大きな喜びが、変わらない平安がある主イエス様のみもとに連れて来てくれたのだ」。肉体的ハンディがあっても人は人を励ます仕事ができる。神の愛を知り、神の言葉に生きるようになるとき、価値ある人生を生きるようになる。

この「気付き」こそ人生の転換であり「生まれ変わり」である。見えるものに依存し、それのみを求めてきた過ちに気付いた人は「罪」を意識するようになります。実は見えるものを求める人生は「自己中心的人生」であり、求めつつ得られない霊的飢餓状態なのです。決して満足も平安もなく、常に不安と恐れが心を支配します。

何故なら、人は神によって造られ、神の愛を知って生きなければ、安心がないのです。放蕩息子はまさにそれに気付いたのです。すべての日本人は見えるものの中に、歴史や文化、家風や伝統までも持ち込んでいます。現代人は自分中心の価値の奴隷になっているのです。現代の日本人は物質的、金銭的、外面的であると評されています。それは聖書の真理とは全くかけ離れています。いま神の言葉に帰るべきなのです。そうでなければ、決して幸せになることができません。

 

④最後に信仰を持ってクリスチャンとして生きる人にも「見えるものに支配される落とし穴」があることを付け加えておきましょう。私は22歳の時、中田羽後先生の書生をしていましたが、生活費のために、埼玉県大宮中央総合病院の伝道をさせていただきました。週に二回、火曜日と金曜日、午前10時から午後8時まで病室を回り患者さんと会話していました。かつて看護婦であり、その当時用度課の雑用をしながら伝道していた加藤さんという夫人がいました。まだ学生の伝道見習いの私が、病室伝道していますから、帰りには食べ物を包んでくださり、度々献金を下さいました。26歳から30歳まで留学している間も毎月献金を送って下さいました。帰国して日本キリスト教団清水が丘教会の牧師になっても、月に一度は病院の集会に行きました。36歳から42歳辺りまで、全国各地で招かれ、年に200回以上も説教する多忙な時期がありました。ある日病院訪問しますと加藤さんが「先生、以前は毎週来て下さったのに、最近は何ヵ月も来てくれませんね。私だって、わずか3000円でも毎月献金しているんですから、ちょっとは思い出

してくださいね!」とこわい顔で言いました。とっさに私は、軽い気持ちで「毎月3000円頂いて感謝だけど、事務所は大きな経費で動いていますから、なかなか来れないんですよ」、と言ってしまったんです。その時、加藤さんの目からポロっと流れた涙を忘れません。しまった!と思って「ごめんなさい、加藤さんが祈って下さったから僕は今日まで伝道できたんですから」と言ったものの、なんとも苦い思いを抱いたことを忘れません。加藤さんは若い伝道者の最高の神学教授でした。私は自分が忙しく用いられているという伝道事業に目を奪われていました。毎日病室をくまなく歩いて伝道しているおばさんの目を失っていたのです。結局伝道奉仕と言いながら、仕事を見て、人の心、人の魂の渇きを見失っていたのです。そこに落とし穴がありました。  その悔い改めに立って、今日の歩みがあります。

試練の中にある時、「あなた方の会った試練で世の常でないものはない。神は真実である。あなた方を耐えられないような試練に会わせることはないばかりか、試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さるのである。」(第1コリント10:13)を思い出してください。神は真実ですから。  成功し、満ち足りている時、「見えないものに目を注ぎ」ましょう。見える成功はつかの間なのですから。

 

《祈り》

「我らの心を見抜き、過ちを気付かせようとして下る天の父よ、今朝、我ら一人一人の心の内側をご覧下さい。あなたの光で闇を照らして下さい。罪を指摘して下さい。イエスキリストの十字架の血を持って清めて下さい。主イエスキリストのみ名によってお祈りします。」

 

「私たちは落胆しない。たとい私たちの外なる人は滅びても、内なる人は日毎に新しくされていく。」(第2コリント4:16)

 

田園調布チャペル牧師 小田 彰

2017/8/28

 

 

 



神の祝福を求めて!…ヤベツの祈り

「ヤベツはその兄弟のうちで最も尊ばれた者であった。その母が『わたしは苦しんでこの子を産んだから』と言ってその名をヤベツと名付けたのである。ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った、『どうかあなたが豊かに私を恵み、わたしの国境を広げ、あなたの手がわたしと共にあって、わたしを災いから免れさせ、苦しみを受けさせられないように』。神は彼の求めるところをゆるされた。」(歴代志上4:9-10口語訳聖書)

 

「ヤベツの祈り」が米国のキリスト教界で話題となったのは20年程前であった。まさにアメリカンドリーム達成の祈りかのように脚光を浴びた。その数年後、日本でも四、五冊の単行本が出版された。しかし、旧約聖書の歴代志上4:9-10にわずか2節だけ登場する、逆境を感謝に変えた無名の人物の記録であって、輝かしい業績を上げた信仰の人とはどうしても思えない。最後の行に「神は彼の願ったことをかなえられた。」と新改訳聖書は訳しているが、何か神の心を動かす尊い信仰の祈りがあったに違いない。

 母は「苦しみの中で産んだ」と言って「ヤベツ」(悲しむ、苦しむ)と名付けた。単に難産だったと言うのではなく、一族のなかの辱しめや、夫の死、あるいは自らの病など、筆舌に尽くし得ない悲しみの中で出産しなければならなかったのだろう。あるいはまた、ヤベツ自身も障害を持って生まれてきたのかも知れない。 もし普通子供であれば、いじけて育つこともあろうが、聖書の記録は「彼は神に祈った。」としか書いていない。すなわち自分のハンディを見ず、母親に責任を転嫁せず、何でも神に祈ったと言うのである。ここに決してヒーローではない人物から来る慰めを見出だすのである。

ヤベツの祈りには五つの要素がある。

 

①「わたしを祝福してください。」ヘブライ思想では富、健康長寿、子孫の繁栄を祝福と言っています。家庭的にも経済的にも肉体的にも苦しみの中に育ったヤベツは、誰にも依存しないでひたすら神に求めました。

 

②「地境(領土)を広げて下さい。」はいかにも世俗的な欲望のように聞こえるが、人間関係における「中垣を取り除く」祈りと理解すると、彼の人となりが伺えます。幼い頃から差別され蔑まれ、苛めを受けた事があったかも知れない。親族の中で母も傷ついていたかも知れない。ヤベツの祈りは許しであり、和解であり、真の愛であった。その結果、多くの友を得、兄弟達の中で最も尊敬される人となったのである。

 

③「主のみ手が共にありますように。」彼は神の守りなくしては生きられないことをよく知っていましたから、言葉においても、行為においても、時々刻々神のみこころに添うことを切望していました。神のみ手を握りしめた生活であったのでしょう。

 

④「災いを遠ざけて。」この「災い」はサタンの攻撃です。心を乱す闇の力を一番恐れていたのです。なんと純粋な信仰でしょうか。

 

⑤「苦しみを遠ざけて下さい。」幼い頃から十分に苦しみを

味わったヤベツはこれ以上の苦しみに合わせないで下さいと素直に願ったのです。

ヤベツの祈りは「悲しみの中の祝福」と言われる由縁ですね。ここで神は地位も名誉も権力も魅力もないような一人の貧しい無名の人の祈りの声に耳を傾けてくださるお方であることを発見しますね。私には、ヤベツの祈りに流れる十字架のキリストの血潮が感じられるのですが。

田園調布チャペル牧師

小田 彰

 

 

 


2017クリスチャン音楽大学セミナー資料

日本クリスチャン音楽大学特別セミナー資料  2017/10/9・10 会場オリーブの里

①メサイアの背景と日本宣教…   神が人類に与えられた救い主(メサイア)を、聖書の言葉とヘンデルの音楽で最も簡潔で総合的に私たちに伝えてくれる天よりの賜物である。

ヘンデル56歳の夏に与えられた神よりのインスピレーションによって書かれたが、逆境にあったヘンデルを救うこととなった。(常にキリストを純粋に語る時奇跡が起こる)闇より光へ導く力が、日本人の魂を動かす。ヘンデルに歌詞を提供したチャールズ・ジェネンズの友情と信仰を忘れてはならない。    《日本で買える参考書》

*「ヘンデル人と作品シリーズ」 三澤寿気喜著(音楽の友社)

*「メサイアは何を歌うのか!」家田足穂著(聖公会出版)

*「チャールズジェネンズ」 ルーススミス著(聖公会出版)

*「ヘンデル・メサイア心に響く言葉と音楽・癒しのメッセージ」陶山義雄著(YOBEL,Inc.)

 

《現在買える音源》

*指揮:ニコラス・アーノンクール  BMC JPN *指揮:トレボー・ピノック  ARCHIV

*指揮:クリストファー・ホグウッド POLC   *指揮:アンドリュウ・デイビス    EMI

*指揮:ジョン・ブット(ダブリン版)LINN RECORDS

 

他多数。オーケストラ編成、ソロ曲目、 テンポに注意。

 

《日本宣教のツールとして》  *メシアの予言、成就(誕生)、受難、復活(勝利)、復活信仰、永遠の命とみ国の賛美(栄光)。聖書全巻のメッセージを三部作で簡潔に伝えてくれることに、他のいかなる作品にも類を見ない価値がある。

*アマチュア合唱団がたくさんある現状の中で、演奏のクオリティを上げることが求められている。より感動を与えるために様々な配慮が求められる。*英語の発音はより厳しく矯正されなければならない。

*練習の過程で各曲の聖書的意味とメッセージを伝えねばならない。

*クリスチャン合唱団に一般の方々が参加する可能性が伝道の可能性でもあり得る。

 

②公開レッスン*メサイアからNo21(24) ゛Surely゛

*聖歌から397「遠き国や海の果て」

*聖歌から699 「ああ驚くべきイェスの愛よ」*メサイアからソロ曲目

 

③聖歌讃美歌の歌い方

*礼拝における賛美

*ヒムノロジー(Hymnology)を知って賛美せよ。作詞者、作曲者の知識。歌詞の内容、構成の分析。聖歌はミニ説教と言われる。(起承転結が必要で、二節以下の賛美曲は聖歌とは言えない)

*聖歌の賛美(独唱、聖歌隊合唱)では、日本語のアクセント、フレーズ、強調点、メッセージの語りかけが必要。

*音楽伝道を志す人へ。

・聖書的メッセージ

・個人的証

の上に演奏を準備せよ。言葉による証は解りやすく、明瞭に語る必要がある。*日本の讃美歌、聖歌の歴史を学習せよ。

 

ライトハウス田園調布チャペル牧師

小田彰

 

添付資料:

「メサイアの恵み」の資料

「賛美の喜び…証」

「遠き国や」(聖歌397)歴史的背景

 

 

 



ライトハウスのご紹介

1982年に幅広い福音宣教のために設立された、小田彰 牧師の伝道事務所を、時代のニーズに応えるために、さらに発展させた超教派伝道団体です。

信仰基準は、旧新約聖書を神の言と信じ、使徒信条を全世界のキリスト者と共に告白します。

わかり易く、受け入れ易いキリスト教の伝道に情熱を燃やしています。

・・・・・この川の流れる所では、すべてのものが生きている。

(エゼキエル書 47章9節)



どこにいても、定期的にメッセージが聞けるみことばのネットワーク。

信仰を求めつつ教会に行けない方、試練の中でみことばを求めている方、賛美と喜びに満ち溢れたいと望む方のために、国内外を問わず毎月メッセージCDをお送りしています。


(↑こちらの写真をクリックすると動画一覧をご覧いただけます)
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また、インターネットで小田牧師の動画メッセージが配信されています。それはまた祈りのまじわりでもあります。全国各地で地区集会も開かれています。

 

 

 


ライトハウス・アカデミー

ライトハウスが神様から与えられているメッセージ、感性、スキルをひとりでも多くの方に提供したいと願っています。自由が丘の私塾が、あなたの人生のレベルアップに貢献します。ぜひ共に学びましょう。

 

バイブルアカデミー

ミュージックアカデミー

 


ライトハウス出版

小田牧師30代からの賛美とメッセージがコンサートライブシリーズとしてCD販売されています。

 



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