CFI(チャペル・フェローシップ・インターナショナル)

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今月のメッセージ

「人生の句読点 (CFIニュースレター2018.11月号より)

[メッセージ]

お元気でお過ごしでしょうか。

北海道では冬の到来を感じつつも、ここ東京においては爽やかな晩秋を喜んでいる昨今です。

「風・雲・水 静かなり」と色紙に書いて、神のみ声を聞こうとしています。

台風や豪雨の多かった9月10月でしたが、冷風と晴天によって時が刻々と過ぎていることを感じます。

そして永遠なる神の前に立たされていることを実感します。

 

さて「句読点」とは?

ひとまとめの文の最後につけるのが句点「。」で、文中に読みやすくして、正確な理解を助けるための読点「、」があります。

英語では文をsentenceと言いますが、語源は「判決」というような生死に関わる言葉です。

あえて「人生」と言ってもよいでしょう。そうしますと句点は「生であり死である」とも解せます。

ローマの獄中で最後の数年を過ごしたパウロは「わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。」(ピリピ1:21)と、きっぱりと言ってのけたのです。

人生の始めと終わりの間に、いくつかの読点「、」がありますね。

それが今あなたが直面している出来事です。

私は福音にふさわしく、神の栄光のために生きたいと願い祈っています。

祝福がありますように!

小田彰

 

 


「一羽の雀でさえ」Ⅱ (CFIニュースレター2018.10月号より)

[今月の聖書]詩編102編

[メッセージ]

お元気でお過ごしでしょうか。

今日のテキストは詩編102編です。

7節に「わたしは眠らずに屋根にひとりいるすずめのようです。」とあります。

家庭の団欒を遠く見ながら、ひとり屋根裏にいるすずめとはなんと言う寂しさでしょうか。

 

さて今日のテーマは「一羽の雀でさえ」ですが、私が若いときから歌ってきた「一羽のすずめに」を思い出される方も多いと思います。

この雀はレイモンド・エドマン博士の『人生の訓練』の中では「孤独における訓練」で取り上げられている箇所です。

パスカルはパンセの中で「人はひとりで生まれ、ひとりで死んでいくのであるから、ひとりであるように生きるべきだ」と言いました。

ひとりである意識は「孤独」と混同されることが多いのですが、そうではありません。

それは「神と我のあいだに何も置かない」信仰的意識を意味しています。

しかし、しばしば試練や悩み事、病気や人間関係のトラブルの時、神との一対一の関係に気付き、真剣に祈ることができるのです。私は10月10日、20歳の秋に、孤独と虚無の中から、神に叫び求めて、救いを見いだしてから51回目の記念日を迎えています。そして今も私の「救い」とは何であったのか、神との出会いが何であったのかを自問自答しているのです。この大いなる体験をあなたも味わわれますようにお祈り致します。

小田彰

 

 



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それはまた祈りのまじわりでもあります。

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